最高裁判所第二小法廷 昭和51年(あ)1584号 決定 1976年11月17日
本店所在地
山口県下松市大字平田三八七番地の一
金井金属工業株式会社
右代表者代表取締役
金井義光
本籍・住居
山口県下松市大字平田三八七番地の一
会社役員
金井一成
昭和一三年九月二二日生
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五一年九月三日広島高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人両名の弁護人小野実の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 本林譲)
昭和五一年(あ)第一五八四号
上告趣意書
法人税法違反 被告人 金井金属工業株式会社
同 金井一成
右者らに対する被告事件につき上告趣意書を提出する。
昭和五一年一〇月四日
右弁護人 小野実
最高裁判所第二小法廷 御中
上告趣意
本件は刑の量定が甚しく不当であり、原判決を破棄しなければ著るしく正義に反すると認められるので、原判決の破棄を求めるにあるが、その理由左のとおりである。
一、脱税の動機、その他
鉄は基幹産業であるだけに、世界的な経済の影響をまともに受けるものであり、鉄工業界において、不況は永く、好況は短しというのが通例である。金井金属工業(株)は昭和四四年九月二七日資本金四五〇万円にて設立されたが、その設立までは、金井金属として、金井義光個人が経営していたものであり、これを株式会社として発足せしめたに過ぎない零細企業であるので、資本金も僅かであるが、株式も義光が五〇パーセント、義光の養子である被告一成が二五パーセント、妻貞子が一〇パーセント、義光の長女であり右一成の妻道子が五パーセント、残り一〇パーセントを親族が所有している同族会社であり、義光夫婦、一成夫婦はいずれも所謂会社重役ということになったが、義光、一成は現実に現業に従事し、女房も事務を担当し一家挙げての事業経営である。その目的は、一般鋼材販売、加工等であり、その后昭和四六年四月増資して、資本金を九〇〇万円にしたが、依然として小企業の域を脱していない。被告一成は義光の養子であり、専務取締役であるが、社長である義光が病弱なため、会社経営の全般を統括している。そして会社組織になってから、昭和四七年度の事業年度までは、赤字決算が続いていた。昭和四四年九月に会社が設立されてから、一家挙げて、業務に精励して、尚欠損を招かざるを得ない不況が続いていたのである。赤字決算をすれば、銀行融資に支障を生じ、事業に破綻を生ずるので、故らに利益を粉飾し、そのために、法人税を納付しなければならぬとしても、尚利益を生じたような決算をしなければならぬ状態が続いたのである。偶、昭和四七年一一月一日からの一年間は、田中内閣の日本列島改造の強調と低金利政策、金融緩和による、土地造成売買、建築工事に異常なブームが起り、鉄工業界に稀有の好況が訪れたことは周知のとおりである。第一審の検察官も当時の狂乱物価の反映を冒頭陳述にて認めている。この稀有の状況も石油ショックによって、打上げ花火のように瞬時にて消失し、現在の深酷な不況が再来したことも、顕著な事実である。このように鉄工業界においては、不況が永く且その影響も深酷である。偶然に好況が訪れても、その期間は短かいので事業経営は困難を極めるものである。被告人一成はその経験者として、偶然に訪れた好況時の会社収益によって、過去の損失を補充し、将来の不況に備えようと苦肉の策を講じようとしたことが、本件法人税の脱税につながることになったものである。昭和四八年一一月に仕入れた鋼材、九二八万円余を同年一〇月に仕入れた如く、架空計上した如きは若し仮りに事業年度一年を二年とした場合、初めの一年の収益は、その次の一年の欠損によって、場合により法人税は僅かに止まるか、支払わないで済んだかもしれない。昨年度の法人税は全国的な好況に支えられて、増収となったが、本年度は法人税の落ち込みが大きいので、国の財政にも危機が叫ばれている。個人的な零細企業においては国の政策によって、いくら懸命に事業に精励しても、赤字は補てんされず、黒字は税として、吸上げられることとなるので、これを是正しようと、苦肉の策を採らざるを得ない。大企業の場合と異り、零細企業に対しては、脱税についても、これを徴税の点から取上げ、刑罰については相当な考慮が払われて然るべきではないかと思料する。零細企業の活きる道を封じてしまうことは、国家にとっても損失である。被告人一成の本件所為は、右のような会社存亡の情勢判断に基くものであり、その情状極めて憫諒すべきものがある。
二、脱税の納付その他
被告会社は、脱税額と加算額等全部を既に納付済である。本件の事業年度は、狂乱物価を反映し、景気の異状上昇によって、利益を生じたが、その次の年度の石油ショック以降現在まで、不況は続いており、景気恢復のきざしもみえない。このような会社経営の困難を考慮しなければならない。雑誌文芸春秋に暴露され、新聞紙上を賑した田中金脈の問題は、税の最高責任者である、大蔵大臣、総理大臣の巨額な脱税であった。これに対して、検察庁は税法違反について不問に付し、大蔵省は僅かな収税に止めた。国家権力が強き者に対して弱く、弱き者に対して強く当ることを批判されている。本件のような零細企業の存亡を考慮してなされた脱税は、単に収税に止めて然るべきであり、追い打ちの刑事訴追は苛酷に過ぎる。一昨年の為政者による狂乱物価、昨年の為政者による、極度の緊縮政策等の政治的な過誤を考慮し、本件については寛大な処分があって然るべく、被告会社の昭和四九年度の事業経営の内容から観ても、六〇〇万円という多額の罰金を支払うことになれば、事業の破綻も免れ得ない状況である。よって会社に対しては、事情を考慮し、特に罰金については、減額又は執行猶予の恩典を与えるのが刑政上必要であり、原審の判決は量刑重きに失し、著るしく正義に反するので破棄を求める。